禅のこころ

●意は毘盧頂寧を踏み、行は童子の足下を拝す○

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禅の修行者は〝高邁(こうまい)〟でなければならないという人がいます。

高邁とは、わかり易くいうと、

〝寛大な心〟〝気高く、優れた志〟ということですが、

誰でも簡単に得られるものではありません。

なぜなら、その気持ちが少しでも過剰になると虚栄に陥り、

逆に少しでも不足すると卑屈になってしまう。

それがほんらいの人間の心の姿ですから、

たとえ修行者でも

高邁な精神でいることはたいへん難しいというわけです。

冒頭の「意は毘盧頂寧を踏み、行は童子の足下を拝す」という禅語は、

その高邁さを持ち続けるために

必要不可欠なものを説いたことばです。

意とは、自分の見識。

毘盧とは、奈良の東大寺にある大仏と同じ毘盧遮那仏(びいるしゃなぶつ)のこと。

頂寧とは頭のこと。行とは、行いのこと。童子とは、幼い子供こと。

足下を拝すとは、足元にひれ伏すということです。

つまり、この禅語の意味は

「心に毘盧遮那仏の頭を踏みつけるほどの気概や見識を持っていても、

その行いにはつねに幼い子供の足元にもひれ伏す謙虚さがなければならい」

ということ。〝高邁〟でいるには、

つねに〝謙虚さ〟を忘れてはならないと教えているのです。

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中国の唐時代に趙州という和尚さんがいました。

「口唇皮上光を放つ」といわれるほど、

禅の教えをコトバにして説くのがとても上手であったと伝えられる禅師で、

60歳で再び行脚(修行)に出られる時に、

次のようなことばを述べられたといいます。

 

「七歳の童子たりとも、我に勝らば、われ即ち彼に問わん。

百歳の老翁なりとも、我に及ばずんば、われ即ち彼を教えたらん」


現代風に訳してみると

「たとえ7歳の子供でも、自分よりも勝っていれば、

わたしはその子供に教えを請うだろう。

また、自分よりも年上の100歳の老人でも、

自分に及ばなければ、わたしはその老人に教えを説くだろう」

という意味です。

趙州禅師は、それを実際に日々実践して120歳まで生きたといわれています。

「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」

という諺もあるように、

私たち人間は、

小物ほど尊大に振る舞い、

優れた人物になればなるほど謙虚になるものです。

人として、

ほんとうに大切な知恵を学び自らの行いに生かせる人、

またその知恵や徳行が深まった人は、

その人柄や態度が自然と謙虚になっていく。


そして、その謙虚さが、

さらに自らの高邁を高めていき、

ほんとうの自分を目覚めさせ、目前の世界を大きく変えていく。

自分を変えるのは、

他の力ではなく、

自分の心づかい一つ。〝高邁〟と〝謙虚さ〟にあるのです。

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 お盆になると、

仏教の寺院では「施餓鬼会(せがきえ)」が行われます。

宗派によって「施餓鬼」「施食会(せじきえ)」「冥陽会(めいようえ)」

などとも呼ばれるこの法会は、

餓鬼道に堕ちているすべてのものたちに、

食べ物を施して供養するという考え方から生まれた儀式です。

大昔の人々は、お盆には自分の先祖の霊だけでなく、

供養をする子孫がいない無縁の霊や

餓鬼道にいる餓鬼たちも人里に訪れると信じていました。

仏教の僧侶たちは

その全ての霊を分け隔てなく供養するために、

施餓鬼会を始めたといわれています。

そのきっかけは

「オレが代わりに供養してやる」という高慢な心からのものでなく、

「すべての霊が仏法を知って救われますように」

という謙虚な心から生まれたものでしょう。

そうして日本人は、

お盆になると、

仏様に供物を捧げて手を合わせるようになり、

また手を合わせることで、

不思議と自分の心が静かに落ち着くことを自ら体験してきたのです。

科学が目覚しい進歩を遂げている現代でも、

その気持ちを変わらず体験できる人が多く存在し、

施餓鬼会を今も大切な行事として忘れずに続けているのは、

きっと日本人の心の遺伝子の中に、

仏教から学んだ〝謙虚さ〟の種子が

数多く残されているからではないでしょうか。

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