『般若心経』について

写経によって、多くの人々へ伝わる

時の権力者や国家のためのお経であった

『般若心経』が、

わたしたち民衆へ急速に広がったのは

平安時代。

天台宗の開祖〝最澄〟が

民衆への布教活動に不可欠な教えとして

『般若心経』を

後世の弟子たちへ伝え、

また真言宗の開祖〝空海〟が

呪術的に用いて

民衆を教化したことが大きなきっかけになりました。

しかし、この二人よりも先に『般若心経』を全国へ伝えた僧侶がいました。

それは、奈良時代の〝玄昉〟という人です。

入唐して仏教を学んだ玄昉は、

日本へ帰国すると『般若心経』信仰を奨励。

天武天皇に『般若心経』を進上したのが、

この玄昉といわれています。

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玄昉は、光明皇后によって、

奈良の海龍王寺(隅寺)を与えられ、そこを写経所として

『般若心経』の写経を大量に行い、

全国へと配布したと伝えられています。

今日まで続く、

『般若心経』への信仰は

このようにして多くの日本人に伝えられたのです。

 

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