ほとけの教え

「生前」と「前生」……この違い、わかりますか?

 

「○○さんは生前、とても家族を大事にされ…」

葬式や法要の挨拶を聞いていると

こうした言いようで「生前」という言葉をよく耳にします。

また

思いがけず良いこと(あるいは悪いこと)があると

「前生に良い行い(悪い行い)をしたからやないか…」

というように

「前生」という言葉を口にする人がいます。

 

「生前」と「前生」は

その文字面だけをみると、同じ意味をもつ仏教語のようです。

ところが

この二つの熟語は、まったく意味が異なるのです。

・・・

生前とは

そもそも「死後」の対語で

「亡くなった人が(前に)生きていた時」

という意味。

日本語的に考えると 「前」に「生」きていた時なのだから

「前生」

という並びが正しいだろうと思えますが

この熟語は、そもそも中国の漢文からきているので

「生前」

という表記が正しいのです。

 

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一方、前生は

輪廻転生をあらわす3つのキーワードの一つ。

つまり

「前生」「今生」「後生」

という輪廻転生の一端をあらわす言葉なのです。

 

ちなみに

「前生」「今生」「後生」

は換言して

「前世」「今世」「来世」

といわれることもあります。

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「生前」と「前生」は、このように

同じ「生」と「前」という漢字を

前・後 に入れ替えた熟語ですが

その意味はこれだけ違うのです。

・・・

禅の教えは「不立文字」といいます。

そもそも、この禅語は 「四十九年一字不説」

というお釈迦さまの伝説から生まれたもの。

その意味は

「お釈迦さまは、仏法のさとりを開いた後の

四十九年間、一字も教えを説かなかった」

ということです。

 

…… お釈迦さまは、一字も教えを説いていない ……

と聞いて

驚かれたのではないでしょうか。

 

この「四十九年一字不説」の真意は

「形に表された言葉の教えにとらわれて

誤った固定観念を持ってはいけない。

言葉の表面だけにとらわれることなく

その奥にある真意や本質をよく静慮し

それを自らのものにして生きなさい」

ということ。

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本来の禅の修行者たちは、この教えにならい

実際に、仏祖や祖師が残した文字言句を

徹底的に学び、それを日常で実践する。

そうした経験を重ねた上で

「自らの日々実践によって得たもの(さとり)を

  改めて言葉や文字にしてあらわすことは難しい」

と実感したものだけが

「不立文字」という 四文字を

  本来は口にすることができるのです。

・・・

「生前」と「前生」の違いを知るように

出会った文字言句の意味をいい加減に理解せず

できる限り正しく学び、自らの智慧にする。

そして

その智慧を知識として脳に蔵しておくだけでなく

日常に生かしていく。

仏教とは

それを生前・今生に実践する教えなのです。

 

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