ほとけの教え

真実の自分に出会う

真実の自分photo1

京都に最も多くの人が訪れる季節は〝秋〟です。

なかでも紅と黄の色に染めつくされた嵐山は、

連日行楽の人で溢れ、

休日には美しく紅葉した山の借景を見ようと、

天龍寺の本山の拝観受付に長い列ができます。

一昔前、住職の才十和尚は、

こうした秋冬の季節に

次のような経験をしたそうです。

毎朝、黙々と紅葉を終えて散った落ち葉を掃いていた和尚は、ある日、

「どうせ明日もまた葉が落ちて掃除をするのだから……」

と手を抜くことを思ったそうです。

ところが、その時、

「一期一会」

の言葉がどこからともなく聞こえてきて、頭の中は空となり、

掃除に集中することができたそうです。

一般に「一期一会」は、

もともと茶人・山上宗二の言葉で茶道の心得を示した

〝人と人とのの出会いを大切にする〟という意味とされています。

しかし、和尚は、この時

「一期一会は、即今只今の真の自分に出会うことなのだ、その時々の自分と出会うことなのだ」

ということを悟ったと後に『等観時報』に記しています。

真実の自分photo2

無門関の趙州の「無字」の挨所〝無字真実の境涯〟

が頭の中をよぎったともいっています。

真実をもって掃除をし、

真実をもって飯を炊き、

真実をもって生活をする。

そうした真実をもった行いが言葉となって、

私(自分自身)に語りかけてくると……。

仏教の教えとしての〝一期一会〟とは、

〝その時、その時に、真実をもって自分自身に出会うこと〟。

和尚は掃除の出来事を機会に、

そのことを悟ったとき、

〝もう一人の自分〟がいることをはっきりと見ることができたそうです。

そうした体験は、

禅僧でもなかなかできるものではありません。

でも、

何をするにも余計なことを考えずに、

真実をもって行えば、やがて真実の自分に出会えることでしょう。

いろいろと苦労や心労の多い今日ですが、

気分転換に変わり行く秋冬の自然を眺めながら、

もう一人の真実の自分を探してみてください。

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