ほとけの教え

慈悲の心を持つ

慈悲の心photo1

 あなたは街中で困った人を見かけた時、

「どうしましたか?」と声をかけますか? 

それとも知らぬ振りをして、その場を立ち去ってしまいますか?

――大半の人は一声かけたいと思っていても「大きなお世話だ」と

いわれてしまうかもしれないので、結果的に声をかけることをやめてしまうようです。

仏教の教えに〝慈悲〟というものがあります。

〝慈〟とは、「いつくしむ」とも読み、

「かわいがる」「情けをかける」などの意味があり、

わたしは父母の子に対する「深い愛情」を思い浮かべます。

親は子どものためならば、どんなことでもしてあげようとするものです。

そして子どもの喜ぶ様を見ることで、

親は自然に癒され、

その喜びが自分のものとして共有されていく。

〝慈〟とは、それと同様のことを自分の子どもだけではなしに、

他人に対しても分け隔てなく行うこと、

またその心をいいます。

一方〝悲〟とは、「かなしむ」と読み、

自分の悲しみを表すというよりも、

他人の悲しみをわかってあげるという意味があります。

他人の悲しみを、

自分の悲しみとして受け入れて、

他人を救う努力をする心のことを“悲”というのです。

慈悲の心をもつphoto2

ただし、仏教の〝慈悲〟は、

困っている人を分けへだてなく救いなさい。

そうすれば仏様神様が見ていて、

その他人を救った行為によって、

自分を救ってくれるというものではありません。

損得を考えずに困っている人を救える〝慈悲〟の心を持つことができるようになれば、

その心の豊かさが自分自身を救う

と仏教では教えています。

自分よりも、まず他人を大事にできる心の豊かさ

――それが仏教で教える“慈悲”なのです。

ですから、たとえ「大きなお世話」といわれそうでも、

困っている人には勇気を出して一声かけてみてください。

それが仏教の〝慈悲〟の心を持つ

第一歩なのです。

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